上手に引くこと
Date2026/03/19最近、仕事がめちゃくちゃ多い。
全然思考のアウトプットをする必要もないような単発の作業依頼が大量に来ていて、もはや色々と諦めて日記もかけないでいた。
新しい技術も学びたいけれど、全然使う機会がないうえに、下手なことをすると大目玉を食らうので、あまり積極的に取り組む気が起きない。
自分の成長の機会ととらえて、できそうなことは全部手を挙げてやってみた。
そうしたら、できることはすごく増えたのだが、どうも「何でも屋」の看板を立てられ始めるようになってしまった。
とりあえずこの人に頼めば何でも解決してくれる、という感じになっている。
もともと未経験からの技術職で、技術が足りない自分が仕事をすることにずっと劣等感を抱いていた。
だからこそ、どんどん頼られる機会が増えてすごくうれしい。
でも、その嬉しさって実際は水物なんじゃないかなと、ひしひし感じるようになってきた。
そもそも、最近頼まれることの8割くらいは専門外のことであって、別に自分が詳しいからそれに応えられているわけではない。
どちらかといえば、調べるコストや考えるコストを請け負っているだけであり、専門家だからこその回答をしているわけではない。
ググって、結果をChatGPTと壁打ちして、再現性を見て、それで「これこれこうですよ」と伝えている。
ぽーんと依頼を投げて、そういった「フローを踏んで妥当な結果を報告できる人」という専門家にはなっているのかもしれないけれど、あんまり納得いかない。
最初のうちはそれらも全て経験だと思って対処していたが……。
バックエンドエンジニアのはずが、インフラを整備し、フロントエンドにも携わり、デザインコーディングもするし、SEOも気にするし、チーム全体の予算と工数も把握したうえで、マーケティングツールの使い方まで指導しないといけない。そして商談に参加して、採用面接までして、課内のドキュメントもまとめて……。
私はどこへ向かっているんだろう……。
忙しく頑張っているというのは、世間体もなんだか良いものだし、みんなのためにもなってるし、自分も成長しているように思える。
技術記事から新しい技術を1つ得て実証してみるより、人のお願いを5つ聞いて叶えてあげたほうが素晴らしい気がしてしまう。
でも振り返ってみると、全部自分のエゴなんだなとわかった。
依頼を断ったときにしかめた顔をされるのが苦しくて、それで自分のために時間を浪費しているだけ。
みんなのためというより、自分が嫌われたくないからそうしているんだなと思ってしまった。
周りを見渡してみると、必要十分な仕事だけをこなして、一定の評価をされている人がいっぱいいる。
自分はハードルだけ上げすぎて、何か失敗したときの落差だけが大きく、頑張って何かをこなしたところで「あなたの普通のパフォーマンスだね」としか評価されない。
できないことをできないと言って何が悪いか。何を恥じらう必要があるのだろうか。
いや、できないことをできないという力はある。でも、わからないことをできないと言って誰かに任せることをできなかった。
そして、できそうなことでも、時には「お願いします」と任せることが大事なんだと知った。
仕事だからといって、何もかも自分をささげる必要はない。
好き勝手にできるわけではないけれど、自分の学びたいことくらいは、わがまま言っていいと思う。
遊んでるわけじゃないんだ。みんなのために本当に学ぶべきことが分かっているのに、なぜそれを押しのけてまで自分がやるべきじゃない仕事をやる必要があるのかということ。
だから勇気をもって、上手に引くということを覚えたいのだ。
そうすれば、最近無機質になってきたこの文章も、もう少し色づくだろうか。
AIとばかり会話していると、余韻を残した文章が書けなくなってくる。曖昧な単語も使わなくなって、ひたすら四角い言葉ばっかり並べるようになる。
そんな自分が嫌だなと思う。白か黒かなんて、人生に必要ないのに。